親と一緒に仕事していて思うこと:コミュニケーションスタイルか性格か

「親と一緒に仕事できていいですね」といわれます。確かに、地方から出てきて、中核都市に出てきて一人暮らしをして、親と一緒に過ごす時間がなかった方から見たらそうかもしれないです。けれども、親が論理的に動けるのならばいいですが、そうでない場合は大変ですよといいたいですね。

 

親のコミュニケーションスタイル

年齢のせいか、知的水準なのか、よくわかりませんが、ほとんどの場面で感情的にしか話すことができません。カスタマーの前で、何を言いたいのか、何を意図しているのか、分かればいいんですけれども、とにかく反応、感情的吐露の繰り返しで、仕事を円滑に進めるどころか邪魔をされることがあるんですね。

例えば、植物の話でバラ科の「林檎」の例を出したとすると、アップルパイの話をして平気で遮ってきますね。

 

感想をいわなきゃ気がすまない、人の話を聞けない、意図を汲めない

カスタマーに向けて話しているのに、逐一、私の発言に感想や意見を交えるから、1時間で終わる話が2時間かかることがあります。

例えば、海外のウェブサイトから仕入れてきた情報を披露するものなら、「私はそれは知らなかった、初めて聞いた、そんなのあったんだ」と感想を述べます。その情報を伝えるのは、カスタマーに、「○○な点が強みです」という為であって、個人的な感想を聞くために言っているのではありません。そうした横槍で話の腰を折られてしまうんですね。

最初は仕事の後で端的に止めてほしいといいました。しかし、その後も理由を説明しつつ、何度も注意あるいは懇願しても、少なくなりますが止めません。不満そうな顔をして黙っています。よくよく観察してみると、自分は正しいと思っているのか、何を言われているのか分かっていないようで、また不満そうな顔をしています。言っても伝わらず、邪魔されて、これが続くと思うと頭が痛くなります。

どうやら本人は、テレビ通販の観客のつもりで、コメントや相槌を入れているらしいのですが、すべての場面で必要なわけではないですし、また、演出で効果的な場面で相槌を入れるタイミングで編集できればいいのですけれども、リアルタイムではそんなことはできないので止めてほしいといいました。

そういえば、政治家の演説では、同じような感じで違和感のあるガヤを入れる役の方がいました。印象的だったのは、都知事に立候補した元総理の演説でのことです。効果あるんですかね。仮にあったとしても、演説とプレゼンは違うと思いますけどね。

 

この問題の本質その1:コミュニケーションスタイル(というより「捌け口」)

さて、本人にとって、言葉は人間関係を作るモノ、繋ぐモノとして理解できていないんですね。言葉は、自分の感情を言うものとしての理解しかしていない。言った内容で判断するのではなくて、言うという物理的な行為が重要なんです。一人カラオケや独り言と一緒です。ブログも近いものがありますが、誰に向けて書いているか?相手を想定しているか等、異にする要素はあります。

つまるところ、極端に言えば、「ことば」は捌け口なんですよ。そして、そうしたある種の捌け口を共通点にして人間関係を構築していく。友達との関係も、何でもいいから話すだけ、時に愚痴を話してすっきりする。それが相手にとってどう受け取られるかは関係なくて、しゃべってすっきりすることだけが目的。

だから、思ったことを可能な限り全て話していく。捌け口ことが生きていく上で必要な快感の一つとなっている。そういう人たちで集められた人間関係は似たもの同志が集まっているので強く、そこである種の成功体験を得てしまうとそのスタイルが強化される。

よく「無駄話が好き、しゃべりたい」そういうコミュニケーションスタイルを取る人がいるのは分かっています。だけれども、人の話の腰を折ったり、相手の話をさえぎって常に話して言い訳ではありませんよね。

なお、こういう両親に育てられた私は、コミュニケーションについてしっかり勉強するまでは、しっかりした方略をとっていなかったのがあったので後から反省しました。

 

この問題の本質その2:性格

議論しているときは別にして、コミュニケーションをして協働してやるというチーム作業に適さないコミュニケーションがあります。それが「自分を論破してみろ」という人間。「間違ったことがあるなら言ってみろ系」です。

そういう方はたいてい老人か友達がいない方なのですが、1を伝えるのに10を言わなくてはいけなくて、いつからか、どんな人からも放置されます。放置されると誰からも相手にされないので、間違いを指摘されると逆上するので治りません。

私の親もところどころそういう部分が出てきて困ります。その点が一つ一つ重なり合って、堅牢な壁を作って前に進めないのです。正しい知識を伝えても、誤った信念や経験から、行動パターンを変えることができません。部分的に見ると正しい知識なのでそれがやっかいです。

大学の公開講座で隣の席に座った方と一緒に食事をした際、そういう方がいました。聞いてみると高卒認定で大学に入った方で勉強したくていろいろな大学の講義を受けていて自信満々なのですが、聞きかじったあやふやな知識を披露されていました。ならば、知的にもしくは学歴的に恵まれない方がそうなのか?と思ったら、早稲田の学生でもそういうのがいて、うちの親も学歴的にはそこそこですので個人的な感覚からすると経験則と性格の関連なのかと考えています。

 

そんな訳で、毎日当惑する場面でいっぱいですよ。家族経営の中小企業の現実です。家族なので、いらいらするところ、許せるところ、色々あります。