ひさびさのドラクエ体験:ドラクエ11クリア後感想(ネタバレ含む)

ふと気が付くと前回の更新から1ヶ月以上たっていました。お久しぶりです。

かつて一大ブームを引き起こしたテレビゲームのナンバリングタイトルのドラゴンクエスト11が去る7月29日に発売されました。私はドラクエが好きで1~11のうち、1から6までやりました。

7以降は大人になったこと、CMのパーソナリティがSMAPだったことをきっかけにやめました(筆者はSMAPが昔から嫌いです。ジャニーズが嫌いなわけではありません)。

しかし、ドラゴンクエストヒーローズという作品がプレイステーション4(以下PS4)で発売されたのをきっかけに、9とヒーローズ2もやったので、結果的に、7と8と10(オンライン)以外の作品はプレイしたことになります。

さて、今回のドラクエはすでに300万本売れているそうですが、前評判があまりにもよかったので、ニンテンドーの携帯ゲーム機である3DS版とPS4版両方ハードとセットで買いました。3DS版はクリアしたものの、PS4版は開封すらしていませんという状態ですが、感想を書いていきたいと思います。

 

ドラクエ11の世界

ドラクエ11ドラクエ1~3の世界との関連があります。前情報では、1~3と同様につながりのある4~6を繋ぐ話ということで、評判がよかったので購入しました。しかし、4~6との関連性は、そこまで深くないように感じました。

もっとも、ドラクエの世界のすべてを詰め込んでいるので、「ドラクエのあのシーンだ」と思い出させるようなシーンにそのときのBGMが流れるという仕掛けがほどこされており、童心に帰れるような気持ちでプレイでき、100時間ほど楽しい時間をすごすことができました。

例えば、大事な人との別れのシーンでは、ドラクエ5の主人公の父親パパスとの別れのシーンのBGMが流れます。当時私はまだ子どもでしたが、愛してくれる父親が子どものために命を失うというシーンは感動したのを覚えています。今回のプレイで、その感動が蘇り、2つの気持ちでそうしたシーンを見ていました。

他にも、フィールド画面での音楽にもドラクエ3のBGMが用いられるなど郷愁(?)を思い起こされるもので、若いときにしたドラクエの冒険をよみがえらせてくれました。

さらに、新曲の世界樹の場面で流れる曲も、透明感や癒しを感じさせる曲でとても気に入りましたし、新しい要素も含まれています。

ドラクエ3であった転職がなくなった代わりにスキルパネルというキャラ固有のスキルを得られるシステムが追加されました。ファイナリファンタジー10(FF10)でいうところのスフィアパネルで、決まった成長要素があり、プレイヤーが好きにポイントを振り分け成長させていく仕組みです。

また、良質のアニメーションも今回が初なのではないでしょうか。7以降ではアニメーションが流れるようなのですが、あまり評判がよくなかったようですが、今回は以前ほど悪くないように思えます。

 

ドラクエシリーズに求めるモノ

私は2D型のドラクエが好きで、旧世代のRPGが基本的に好きでした。特に近年のFFシリーズがホストファンタジーと揶揄されるように、グラフィックが綺麗であっても、自分が入り込めないようなファンタジーの世界を求めていません。それは、いわゆる中2病的な「俺って選ばれた特殊能力者なんだぜ、かっこいいだろ?」っていうのが前面に出てくる作品であり、それらは、生理的にだめです。

けれど、ドラクエの勇者は、たとえ選ばれた者であってもそういう直接的で病的な描写がないため、気にならずプレイすることが出来ます。与えられた役割を演じ、実行するだけに近いと感じています。

 

俺TUEEEEも求めてない

ネットスラングで「俺TUEE」(つえーと読む)っていうのがありますが、自分が強くなって雑魚を蹴散らすっていうのも面白いと感じません。特にドラクエのモンスターはかわいいので、いじめ的なものに見えて好きではありません。

ただ、レベルが上がるとどういう風に敵との戦いが変化するのか、楽になったらうれしいというのはありますね。

 

堀井雄二が作ったシナリオの勇者像をひたすらなぞるゲーム

昔はゲームは映画になっていくように思われました。プレイステーションの登場でCGがふんだんに盛り込まれた映画のようなゲームが増えたからです。

だけれども、私は映画のようなゲームは一切求めていません。それなら映画を見ればいいのではないですかね。ゲームがゲームである所以は、自分でプレイしてストーリーを進めるところにあります。ロールプレイするゲームなのですから、与えられた役割とそれに合致するシナリオが欲しい。

その点、ドラクエは中世ヨーロッパの騎士の時代に加えて、特殊な文明や魔法を加えたファンタジーの世界。それに、ちょっとした今の時代の流行を入れているというちょっと不思議な世界。その中で、勇者の血筋を引くもの、選ばれた者が、世界を脅かす魔王を倒すというきわめて単純なシナリオに基づいて進んでいきます。これは、日本のRPGといわれるゲームの基本となりました。この雛形があるので、誰もがみんな気軽にこのストーリーに参加できるわけです。

ところが、RPGは発展の間に、シナリオがどんどん複雑化し、一見してわかりにくくなっていきます。複雑でも、シナリオを進めていく中で、描写があればいいのですが、謎にしたいのか、伏線回収をし損ねているのかわからないような作品が増えて、自分が歳をとった影響もあり、ゲームから離れていきました。

今回のドラクエは、単純なシナリオでありながら、プレーヤーをあきさせないシナリオで、ドラクエ初体験の人でも楽しめるシナリオ展開になっていて大満足でした。

 

問題点 ここからはガチネタバレなので読む方は注意

けれども、今回のドラクエ11、完璧ではありません。シナリオ矛盾を感じられる、手抜きと感じられるところがあります。

(1) 人魚ロミアの物語 人魚ロミアは悲しい運命をたどるのですが、何の説明もなくハッピーエンドになっている。ただしこれは、後日弁明がある模様です。

(2) 幼馴染エマの発言 エマとは作品の一番最初で一緒に冒険するのですが、他のキャラクターが登場して忘れ去られがちになります。それを配慮したのか、後に再開するときに、自ら「私は幼馴染のエマよ」というセリフがたびたび出てくるのですが、これが興ざめすると評判です。

(3) エマとの結婚 ネルセンの試練というほぼ最終のダンジョンの一つで、エマと結婚するという選択肢でその褒美がもらえます。けれど、「告白して来い」などからはじまって進むのならわかるのですが、突然結婚をしたことになってしまいます。故郷に戻ると、結婚式の写真まで貼ってあるという謎展開。非常に困ります。

(4) 結婚への嫌悪感 プレイヤーは、非常に魅力的な女キャラクター3人と一緒に旅をしていて、彼女らは命をかけて主人公である勇者と旅をします。にもかかわらず、幼馴染のエマとの結婚しか選択肢がありません。しかも、エマとのイベントは最初の一回だけであとはプレイヤーの印象には残らないのです。16年の歳月をともにした幼馴染とはいえ、イベントが少なくて結婚したいと思えないのです。

(5) セニカの矛盾その1 伝説の勇者のパーティの要である賢者生まれ変わりとされるセーニャとベロニカですが、実は忘れ去られた塔でセニカは時の番人として存在しています。じゃあ、生まれ変わりじゃないのか、どうなのか、ということに作品中では答えていません

(6) セニカの矛盾その2 セニカはエンディングで過去に戻りますが、過去に戻ると歴史が改変されて現在の世界は無くなってしまうのか、そのまま残るのかなど疑問が残ります。

 

9月29日に生放送で疑問に答えてくれる番組があるそうなので楽しみにしています。そしてもし、ドラクエ11買おうか迷っている方は、買った方がいいですよ(笑)

 

ネットの世界のコミュニケーションのいいところ

先日、コメント欄で10代、20代の人とやりとりする機会がありました。このコミュニケーションで共感してもらった件があるのでご紹介したいと思います。

 

私が思うネットでのコミュニケーションの良いところは、偏見が少なく、その意見だけを判断できるということです。

 

リアルでは、「この意見や情報の発信者はどういう人なのか?」というのが重要視されます。これは、発信者の言語行動と実践の整合性を判断されるところが大きいからです。

例えば、他者の行動を批判するとき、容易に以前の発言をさかのぼれる現代では、以前自分も同じような悪い行動をしていなかったかとかチェックする必要がありますね。

だけれども、一方、ネットでは、情報の発信者はあだ名や匿名、記号などの識別子に加えて簡単なプロフィールの情報しか与えられません。これは、その情報自体が有効な情報であればすぐに取り入れることができるることになります。つまり、ネットではそういう事前の履歴は関係なしに、発言が正しいか、そして自分自身が実現可能なレベルなのかだけチェックして、やるかやらないかを決めればいいのです。

 

もちろん、その分、リスクも大きい場合があります。顔の見えない相手がひょっとしたら悪意を持って行動しうるからです。そこには注意が必要です。

が、リスクが少ないような内容ならば、どんどん情報を出して、それに対する意見をもらって、使っていくことが出来ます。具体的には、友達に○○っていわれて喧嘩してしまったのだけど、謝ったほうがいいかなレベルの、日常性の中にあるような判相談事の場合(かつ絶交レベルにならないような事柄)だったら、自分の身近な友人関係に尋ねるよりも、全部を知らないが故の客観的な答えが返ってくることがあります。

 

これをリアルでやってしまうと、たわいもないことなのだけれど身近な人には知られなくないような情報を話さなくてはなりません。情報の秘匿性という点から考えると、危なっかしく、その後のことについても影響が出る場合がありますね。

 

これがインスタントなメリットだと思います。

娘の元交際相手に侮辱メールで慰謝料440万円を考える

なにやらネットで話題になっているこの記事。

 


記事によると、

 元交際相手の少女の母から「ろくでなし」「ふさわしい学力の子とお付き合いしてもらう」といったメールを送られ、その後自殺した埼玉県内の少年(当時15)の遺族が、少女の母に計3千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が19日、さいたま地裁であった。針塚遵裁判長は「許されない人格非難」などと人格権の侵害を認め、少女の母に慰謝料など計440万円の支払いを命じた。

 少年はメールが届いた日に飛び降り自殺したが、判決は「自殺を促す直接的な記載はない」などとしてメールとの因果関係は認めなかった。

とあります。

 

ネットの意見と見てみると

自分の娘なら同じようにいう

とか

それをいわれたくらいで自殺するなんて、そこまでの子だ

とかある一方で

子どもの恋愛に口出すなんて

という意見もありました。

 

440万という重い判決

私は、15歳の少年にとっては衝撃的なことだとは思うのですが、もし否定されたことがここの記述にあるように「学歴」とその周辺に関することだったならば、大学受験で挽回できるのでずいぶん精神的に弱い少年だと思いますし、これにより自殺を図るとは交際相手の母には予測できないと思いますから、440万の慰謝料は随分重いものだと考えました。つまりこれは、因果関係を認めないではいるものの、大きく責任を認めさせていると考えます。

なぜなら、出版社の半公人に対する名誉毀損でも100万程度の判決はよく耳にするからです。

 

親の気持ちと少年の精神状態

メールの文面から推測すると、この少年はおそらく底辺高のような所に進学したように思えますし、娘がそういう少年とは違って進学校に進学したなら、わざわざそういう少年と交際してほしくないと思うのは、親の気持ちとしてよくわかるからです(逆に、1ランク下の高校に進学したくらいでやったのなら明らかにやりすぎです)。

さらに、仮にこのことをきっかけに自殺するような少年なら他のことでも自殺するように思えてなりません。元々自殺企図する傾向があったのではないでしょうか。思春期の複雑な事情はあるとはいえ、出自のような本人の与り知らない事情ならともかく、学歴は、ある程度の努力で得ることができるのですから、それくらい勉強して見返してやればいいのにと思います。

 

親というものは交際に反対する生き物

私がそう思ってもしまうのも、当時の彼女の母親に、交際を邪魔されたことがあるからかもしれません。その彼女は日本全国誰もが知る学校に通っていましたが、学歴で反対されていたわけではなく交際自体に反対だったのをわかっていましたし、仮に何を言われようが、そこまで気にしなかったでしょう。

さらに子どものころ、親の世代の話で、「昔は携帯電話がなかったから、家族が出るかもしれない電話にかけなくてはいけなくてつらかった」という話をテレビでもよく聞いていたもので、男女の交際には、親は基本的に反対するものだという認識があるのもその一因です。

親は自分の子が子どもだと思っているうちは交際に賛成するような親は実にリベラルな親でしょう。子の恋愛する自由を認めるのですからね。こういうのは基本的に例外なのです。特に進学を考える親にとっては。

こう考えると、親が反対することを前提として、どのように交際するかの方が重要になってきます。もちろん私は、やらなきゃいけないことの間を縫って一緒に楽しいときをすごしていましたよ。

 

 

見逃していた記述ー「娘を傷つけて」

私は見逃していたのですが、メールの中で「娘を傷つけて」という記述があるそうです。これは、性的関係をもったことの裏返しでしょうか。これにネットの民は、

そりゃあ、怒るわ。交際当初はまだ中学生だったわけだから

という印象をもっていようです。

確かに、中学生で性的関係を持つことはありえますが、ずいぶん昔の私の周りですと、ヤンキーみたいな人たちしかそういうのは耳にしなかったですね。まじめな人たちは黙っているんでしょうが。どのくらいの期間交際していたのか、仮にそういう関係になったとして、どっちからどのようにアプローチしたのかはわかりませんが、中学生くらいの交際で、仮に交際期間1年以下で、そうなってしまうのは、短絡的な交際だと思いますね。1年以上でも、やっぱり中学生はと思います。高校生になってからの関係でしたら、また話は別になりますが。

 

皆さんはどう思われますか。

細菌に感染した蚊2000万匹を野に放つ

こんばんは。面白いニュースがあったのでコメントを書きたく記事を書きました。

 

要約すると、米グーグルの関連企業が、不妊になる菌に汚染された蚊を野に放って、不妊の子を作らせて半減・絶滅させる計画だそうだ。ジカ熱に苦しめられている住人には朗報でしょう。

 

 

 

確かに、遺伝子組み換えの蚊を使うよりは安全だろうけれど、元々この蚊がいなかった地域であるから、仮に全滅したとしても、問題はすくなさそうです。 

 

しかし、あえてここで危険性を考えてみたいのです。本当にデメリットはないのでしょうか。

 

 

ボルバキア菌のリリースが生態系の他に悪影響を及ぼすことはないのでしょうか。どの程度まで、その影響を調べているのか知りたいものですね。

【差別か?】富山生まれ「極力採りません」「閉鎖的な考え方が強いです」本間不二越会長

こんにちは。おもしろい記事を見たので紹介します。富山県の企業の会長が富山県出身者をとりたくないという記事です。地方が地方出身者を優先的に採用するという話はよく聞きますが逆のパターンです。

 

富山生まれ「極力採りません」「偏見かもしれないが、閉鎖的な考え方が強いです」 本間不二越会長

http://webun.jp/item/7383275

 

本記事によると、富山県出身者で、高校まで富山にいた者は、閉鎖的な考え方が強く総合職としては採用せず、全国から広く取りたいと本間会長はいっています。

 

一方、これには、猛反発する人もいて、現在の差別を撤廃していこうという考え方からすれば、当然だからです。

しかし、私企業の人事権について口出ししてまで「いい、悪い」といえるのでしょうか。「文化圏」という言葉があるように地域が人を作ることは事実であり、それを全国的な展開を目指す企業が、自社の社員構成を調整するのに、こうした発言をすることは許されないのでしょうか。

 

インターネット上でも賛否両論が巻き起こっています。社会的に責任のある発言をしたい、インテリを気取りたい、差別をなくして合理的な区別をしたいと思う方もそうでない方も論点を把握したら有効かと思うので書いていきます。

 

差別はなくして合理的な区別でなくてはならない

憲法14条平等権、女子差別撤廃条約、障害を理由とする差別禁止に関する法律などこれらの根拠はいくつもあるでしょう。私企業であっても、強行法規に違反する企業の内規は無効です。

特に憲法14条では、すべて国民は、法の下に平等であって、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されないとされています。

本人の与り知らないことによる差別は、認めてはならないからです。

そりゃそうでしょうね。例えば、仮に大阪の一部上場企業が「大阪府大阪市堺市吹田市出身者しか採用しないよ」といったら、即行政指導が入るでしょうね。なぜなら、出身地は、選べないからです。部落出身者への差別という話がありますが、特定の地域以外を差別するということも同義です。

 

では、本間会長はどういえば良かったのでしょうか。

富山県出身者は、閉鎖的な考え方が強いので、総合職採用面接ではそこを中心に聞き取ります。もし閉鎖的な考え方が強かったら採用しません。」「弊社は全国企業なので、多様性を軸に、富山県出身者を常に優遇することはありません。」

といえば、おそらくこのような批判は浴びなかったでしょう。もっとも、新聞記事からのソースですので、本間会長がどのように言ったのかはわかりかねます。

 

 


差別といえば、この記事も最近話題になっていました。太った乗客には追加料金をという記事。出身地と違って、これは合理的な区別のような気がしますね。しかし、追加料金の請求の仕方によっては差別になるかもしれません。

というのは、人間の体型というのは、大きい人から小さい人まで多く存在するというのが予めわかっているからです。もし重量に関係ない料金体系なら、大きい人太っている人は得をするかもしれないし、小さい人細い人は損をするかもしれない。けれども、そういうのを含めて人間だから、許容していこうという精神が背景にあるからだそうです。

事実、交通事故の事例で、個人の身体的特徴のせいで、重症になってしまった場合に、その特徴ゆえの被害まで、相手方は背負う必要があるのかという話を聞いたことがあります。これは、よほど特殊な事柄じゃない場合は負うそうですよ。

これを聞いたとき、なるほどと思いました。

だたし、やはり極端な場合、体重が350キロあるとか3人分を取るとかそういう場合には、追加料金をとられてもしょうがないでしょう。経営をあまりにも圧迫するからです。その辺りの線引きは、数値的な根拠がないと厳しいでしょうね。

 

 

サントリーがまたやった!反日会社といわれる所以

このブログで政治的な問題をテーマに書くつもりはなかったのだけれど、さすがに腹が立ったので書くことにしました。

 

サントリーは、かつて公式ホームページで日本海を韓国表記の「東海」と表記していました。日本海は、国連でも認められている呼称であり、全世界で通用する海の名称です。ところが、韓国の反日感情から日本海という表記がおかしいという声が上がり、全国の韓国系の人々が、全国で東海表記を求めるようになりました。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いというやつですね。それに呼応するかのように、鏡月という韓国の酒のプロモーションページに、東海と表記していたのです。

 

さすがに、国籍は日本の企業なので、日本人から大ブーイングをくらい、修正しました。しかし、いったん騒動が落ち着くと、ふたたび東海表記に修正するということをやり遂げました。その後修正したようですが、2011年ころ、そこまで日本が嫌いなのかと話題になったものです。おそらく韓国系の社員がいて、取り仕切っているために起こったといわれています。

 

そんなサントリーが新製品「頂」のCMで、男性向けのアダルトビデオのようなCMを放送したという理由で、大ブーイングをあび、CMを中止したそうです。私も先ほどCMを見てきましたが、確かに、不必要に性的なメッセージと受け取れます。

 


もし、前述のように韓国系の社員がPRを仕切っているなら、女性差別をはじめ、差別が強い韓国のお国柄を反映してCMを作ったか、日本人女性を性的な対象をして侮辱する目的なのかと推測してしまいます。

 

ビールを買うなら、モルツはやめときましょう。

都民ファーストと都議選

こんばんは。きょうちです。都民として投票してきましたし、予想される結果になったと思います。しかし、都民ファーストが大勝したというよりも、自民党都議連が自爆したというのが正解でしょう。

 

ですから、私は、都議選の都民ファースト勝利と自民の大敗の理由は、自民党の国政のごたごたとする報道が散見されていますが、大きな誤りであると考えます。

 

自民の都議選の敗因は、「内田茂元都議を中心とする自民都議連の意思決定の暗部に対して都民の嫌気が差した」が正解でしょう。つまり、既得権益を排除して、流動的に、明確な基準の下での議会運営を求めているため、都議のリセットを目的に、投票されたのが第一の目的です。

 

そして、この誤った分析は、国政のせいにして、安倍自民を追い落とそうとする勢力によるミスリードだと考えます。私は、安倍自民を支持しているわけではありませんが、都議の応援演説で、共産党の部隊が、安倍首相の応援演説を邪魔しているとき、それに対する反論「このような人たちには負けない」という言葉が、「首相が市民を愚弄している」と受け取られるようにミスリードしている報道が多くあるからです。そして、今後も数ヶ月は安倍自民の支持率に影響はないと私は考えています。

 

民進党共産党をはじめとする野党は、よく人権を声高に主張しているのに、他者の人権については無頓着で、すぐに人格攻撃をしています。これが私には納得できない。人権を守らないものに対しては守らなくていいと思ってるのかもしれないけど、表現の自由って人権の序列の中でも精神的自由に分類されるから、優先順位が高いんじゃないのですかね。それを蔑ろにしていいんですかね。

 

まじめに議論したら、与党野党の差の情報量で負けるから、目を引くやり方で勝とうと思っているのかもしれないが、地道に政策で議論する態度を見せ続けるほかありません。

 

そんな訳で、可能な限りの透明な基準で、決定できる政治をやっていってほしいものです。